2011年8月12日金曜日

JL123




以前の日記にも書いたが、高校の時趣味でエアバンドにはまっていた。
 
羽田に行って無線を聞いて帰る時、18:00発のJL123が帰宅への合図だった。
 
離陸しTowerからContact departureという声を聞いて空港を後にした。
 
家にいて固定機で聞いている時も浦賀を通り伊豆に向かって飛んで行く機体が良く見えたので、

DepartureからYokota approach そしてTokyo controlへと

無線と機体の両方をよく追ったものだった。
 


1985年8月12日、20才の夏、桜木町のデザイン事務所に勤めていた。
 
いつもは夜遅くまで仕事をしているものだが、
 
次の日からお盆休みのためまだ明るい時間に会社を出た。
 
桜木町の駅前のショッピングセンターの脇を通った時、腕時計に目をやった。
 
正確な時間は覚えていないが、たぶん7時はまわっていたと思う。
 
その時計を見た時に、今でもはっきり覚えているのだが、あぁJL123は飛んだなぁと思った。
 
そして家に帰り母が言った言葉、
 
日航の123便が行方不明で墜落したらしい、と。


 
高校の時はよくエアバンドを聞いたものだが、その後の専門学校、

そして社会人になってからの都合2年間はあまり聞く時間がなかった。
 
それなのに、なぜかあの日あの時間に123便の事が頭をよぎった。
 
なぜだろう・・・今でもわからない。

 



ただ、あの夏も暑かった。




Dedicated to the Flight Attendants of Japan Air 123

"Ramp in"






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